■監修者 若杉 実

 3年めに突入した<渋谷ジャズ維新>にはもうそろそろで変化が必要だというのが、前々から自分の考えにあった。稀代の音楽家、竹村ノブカズに白羽の矢を立てることはそれを履行することにほかならなく、完成した今、その考えにまちがいなかったと意を強めている。
 ほんとうのところ、竹村に選曲を依頼するというのは前々からのアイデアだった。厳密にいえば渋ジ維の発足時からすでにあり、そのタイミングは十分に見計らわなくてはいけないだろうという案も当初からのものだった。また、使用音源の対象となるスリー・ブラインド・マイス(以下:TBM)を割り当てることも、当時から温存していたアイデアだった。
 この3年間、ネタに窮することなくなんとか継続することができた渋ジ維だが、そのいっぽうで“早くTBMに手をつけたい”という焦りも途中にあったことは否めない。少なくとも、これだけ良質でユニークなバックカタログを誇るレーベルなど、メジャー、インディーを問わず、現在の日本のレコード会社にそうはないのだから。
 事実、カッティングエッジなカラーを見せるここでの選曲は、渋ジ維の新たなる扉を鮮やかなまでに開けてくれている。もちろん、TBMはここに収められた15トラックがすべてではない。これまでに140近くものアルバムを残し、あらゆるタイプのジャズと、そこから距離を置くジャズのようなあらゆる音楽にも触手を伸ばしてきた。そこに関わったアーティストも、両手の指では数えきれないほどいる。
 だが、竹村の選曲は自身のアイデンティティを鮮明にしながらも、同時にTBMの全貌を的確に総括している。そして、監修者のぼくも大いにそれを望むところだった。言うまでもなく竹村にはサジェスチョンなどいっさいしていない。それでもこのような方向性になることはあらかじめ予想していたし、だからこそリリース・タイミングは慎重に、というのがあった。そこまでこだわったのは、くり返すように冒頭での理由が大きい。渋ジ維がその“変化”に受けて立てられるか、その機会を待つ必要があったのだ。
 ご存じのように今年に入って渋ジ維は、福居良(ex.『シーナリィ+2』)と菅野光亮(ex.『詩仙堂の秋』)の重要作をリイシューした。前者は北海道出身の叙情派ピアニスト、後者はサントラ仕事を中心に現代音楽畑の才を発揮する異色のコンポーザーと、表面的には対称の関係にある。ただし、アプローチの違いがある中でも、各々の着想には“和”の観点を推考して生まれた“郷土”という共通したカラーがある。この系譜を受け継ぎ、渋ジ維なりの編集盤として発展させたのが、先日(05年7月)リリースした板橋文夫のアンソロジー盤(『Watarase』)だった。
 そもそも渋ジ維のねらいは、世界の最先端文化の縮図とする“渋谷”(賛否はあるだろう)を企画構想の骨子に、ジャズのアラカルトをDJによって編成することにある。しかし3年という企画年月の中で目標は達成したとみなし、次なるステップとして“渋谷以外=地方”に鉾先を向ける考えを立て、それを具体化したのが上記3タイトルのリリースだった。
 今回の“TBM vs 竹村”に郷土やローカルといった概念が反映されているとは言えないが、ぼくはこうも考えられると思っている。TBMの拠点といえば、昭和の時代から独特の音楽的磁場を育んできた横浜山手(創設時は渋谷)。いっぽうの竹村は、生地大阪から京都に住民票を移し、最良の創作環境の中で現在暮らしている。つまり、両者に共通する“非東京”という固有のスタンスが、できあがったCDにも何らかのかたちになって表れているのではないかということだ。監修者らしい我田引水であることは否定しようがないものの、一昨年までに制作した渋ジ維のコンピと聴き比べてみると、明らかにその方向性が違うのがわかる。
 他に、今回の作業で興味深かったのは、TBMの代表藤井武氏と竹村ノブカズの共通性のようなものが感じ取れたことだ。竹村は97年に自身のレーベル<チャイルディスク>を立ち上げることになり、その動機のひとつとして、まだ無名の、しかし恐ろしく非凡な才能を秘めた若手音楽家の発表場を提供したいという願望があった、と聞かされている。音楽家自身のレーベルという点において、レーベル・プロデューサーを専任する藤井氏とは立場が異なるが、大手の会社では取り上げられない新人への積極的な吹き込みをおこなってきた点において、互いに共通したところは少なくない。音楽の種類、世代を越え、彼らは共鳴する関係にあるといっていいし、また、本CDのライナーに寄せてくれたそれぞれのコメント(別稿参照)の中にも、音楽に情熱を捧げてきた人間の生きざま、良心、それゆえの辛辣な批評性が共通してみなぎっている。

 近年、竹村の活動範囲は音楽に留まらず、映像やアニメーションといった分野にまで飛躍しているという。彼の心のヴィジョンを周りのぼくらが透視することは不可能だが、時代の流れに身を寄せることなく信念をもって独自の道を切り開いていく勇姿は、近年の音楽家からは見られなくなった貴重なものだ。選曲という作業は今回が初めてということだが(他社の旧譜音源において)、映像方面を視野に入れつつある竹村が新たに生み出した世界観を、このCDの中から探って堪能してほしい。
2005年7月31日記

■竹村ノブカズ・プロフィール

作曲家、ミュージシャン、美術 映像作家
オーディオスポーツ、スピリチュアル・ヴァイブスを経てソロ活動へ
これまで世界中の芸術際に招かれ演奏する
アンディ・ウォーホール美術館の招待でスタートした03年全米ツアー他、ジム・オルーク、オウテカ、マウス・オン・マーズを交えて複数回行われた全米ツアー、04年アイソトープやWILCOのメンバーを引き連れ、英国、芸術家助成基金で主催されたBBCスタジオライブ収録を含むUKツアーも大成功
作品はソニーのAIBOのサウンドデザイン、TV番組、映画、CMの作曲、イッセイミヤケのファッションショー音楽、ジャンセン=バルビリ、DJスプーキー、大友良英らとの共作等多岐にわたる
代表作は『こどもと魔法』(ワーナー)、『SCOPE』(Thrill Jockey)、『アセンブラ2』(ムーンリット/チャイルディスク)等
最新作はライヒの演奏で知られる室内楽団 Bang On A Can からの委託作品「GION」(04年春ニューヨークで初演)
美術フィールドではインスタレーション 「Mirrors In Mirrors」、「Jardinage」現在アニメーション、映像、絵画作成に比重を移行中
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