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紅茶紀行
「紅茶誕生の謎を追って」福建省 武夷山・桐木の正山小種紀行 2007年4月2日〜7日
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正山小種とは
 正山とは武夷山のことを言い、小種は自生している茶木で少ないを意味する。つまり、武夷山に自生している茶の木から茶摘みをして作ったお茶のことで、独特の製法である。
 その香りはこの地の特産品、龍眼に似ていて、しかも生で食べる龍眼ではなく、保存用に乾燥させた龍眼だ。
生葉をしおらせて委凋する段階から松の木を燃やした温風が使われ、実はその松の煙が茶葉に付着して香りが残ったものになる。
さらに揉捻、発酵と工程が進み、発酵を止める際にまた火入れ乾燥させる。この時に松の煙が入り燻煙されることになる。こうして出来上がったのが世界で最初の紅茶と言われ、正山小種、龍眼の香りの紅茶になった。時は1630年代であった。

まだ発酵途中の正山小種
22代目 江さん


これからさらに松の木で火入れ(乾燥)する

江さんのところでごちそうになった昼食


正山小種の鑑定

ツアーのメンバー

正山小種からラプサンスーチョンへ
 正山小種はもっと強い香りに変わり、むしろ正露丸に似た漢方薬のような強い臭いの紅茶、ラプサンスーチョンになる。
19世紀に入り、正山小種はイギリスで大変人気を呼んでいた。
しかし、本物の正山小種は小種、つまり量が少ないため、大量の需要をまかなうため、輸出用として工夫紅茶を加工(燻煙)して出荷していた。その燻煙香が喜ばれていると知ると、製茶業者はますますエスカレートし、燻煙を強くし、数年経っても匂いが薄れないほど強烈な香りを着け、それがラプサンスーチョンとして世界に残ったものだ。
その代わりとして元祖である正山小種は姿を消し、まぼろしの紅茶となった。
江さんの茶の歴史を裏付けてくれた中国茶の学者 呉 覚農先生は著書「茶経述評」の中で次のように述べている。


 清時代初期に書かれた「茶説」の中で、武夷山の独特な製法の形成は早く、16世紀以前に半発酵茶はすでに製造されていて、完全発酵のもとになっていたことが記されている。
 武夷山岩茶の産地、福建省崇安では工夫茶と小種紅茶(煙小種)が作り出され、これで紅茶出現の糸口が見つかった。しかし残念なことに、紅茶の発祥地である福建省では、これらに関する史料はいまだ発見されておらず、あっても烏龍茶と混同されていて、はっきりしていない。
 武夷(Bohea)とは、福建省武夷山の茶である。通常は最高級の中国紅茶に用いるが、時代が下るにしたがってランクの落ちる中国紅茶にも用いるようになり、18世紀には茶葉飲料に、現在ではジャワティー(Java Tea)にも用いるようになった。発音はボーヒー。
 茶の発祥地はともあれ、紅茶の発源地が福建省であることは間違いない。茶は、福建省が最も早かったわけではなく、その由来はおそらく、広東省を通して泉州港に伝わったのがはじめである。その後、泉州から晋江地区の安渓、それから北に向かい、建陽地区の建甌、最後にようやく建陽地区の崇安、つまり現在の武夷山市に伝わった。
 福建省の中でおそらく、崇安からはじまり。まず江西省川口鎮、それから修水、景徳鎮、また景徳鎮から安徽省の東至、そして最後に祁門に伝わったのである。
(「二人の紅茶王」(筑摩書房)より)


江さんの工場の前で

自生している小種茶


4月初旬は例年ではもっと新芽が
成長しているが、今年は寒くてまだ小さい。

江さんの工場
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