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源流
江戸の出版文化(1)
錦絵
江戸の出版は物の本といわれる硬派ものと草紙や浮世絵などの軟派ものがあるがいずれも和紙・和本の文化である。印刷技術的には江戸初期の活字印刷が名高い。キリスト教布教が目的の「きりしたん版」や徳川家康が刊行した「群書治要」などは古活字版として歴史にその名を留めている。
しかし、寛永末期頃(1640年頃)には伝統的な整版(版木に彫る方式)が復活し、以降、幕末に至るまで木版印刷が主流となり、江戸の出版文化を支えてきた。整版技術は奈良朝時代に中国から伝来したものである。
錦絵に代表される木版カラ−印刷は日本のオリジナル技術であり、色を重ねた多色摺による表現技法に加えて、仮名、漢字さらにルビ付き文字まで自在に彫ることが出来る上、再版が可能であった。木版印刷は活字印刷と比べて利便性と経済性が高かったといえる。
出版文化の担い手は版元である。版元とは、出版のスポンサ−であり、企画立案者であり、販売元であった。現代風に言えば、出版・印刷・販売を一手に扱う出版総合商社といったところか。主に学問的な書物を商いとする「書物問屋」草双紙や浮世絵版画を商う「地本問屋」に分かれていた。
たとえば、錦絵の場合、版元が人気の出そうなテ−マを選定して絵師に作画を依頼する。出来上がった版下絵を彫師が版木に起こし、摺師が摺って作品完成。版元はその錦絵を宣伝し、店頭で販売する。錦絵は江戸絵とも呼ばれ、格好のお土産だったという。

版元になるには、
(1) 文化的なものに関心が高いこと。
(2) 時流を先取りする企画・編集の能力を有すること。
(3)人を育て、ネットワ−ク化できる資力と経営感覚があること。
などが必要である。特に、優れた絵師と腕のいい職人達をいかにネットワ−ク化するかということが店の興廃を左右したという。版権(版木一式)を他の版元へ譲渡したりして、同じ作品でも版元が変ることもしばしばあった。
数多くある版元の中でも、江戸のビック4といわれているのは、仙鶴堂鶴屋喜右衛門、須原屋茂兵衛、蔦屋重三郎、和泉屋市兵衛である。

ちなみに、印刷を担当したのは、「版木屋なかま」と称する彫師、摺師、製本屋などの職人達で、彫師は頭彫と胴彫に分かれ、摺師は色摺師と墨摺師の別があった。そして、多くはその日暮らしの貧しい生活で僅かな稼ぎもすぐに使ってしまい、宵越しの銭を持たない腕一本の「江戸っ子」だったという。

二百六十年続いた江戸時代の出版文化史を三つに区分してみると、

前 期:享保以前の17世紀、錦絵誕生前の上方文化成熟期。中 期:享保から寛政までの18世紀、錦絵の興隆と江戸文化全盛期
後 期:幕末までの19世紀、錦絵の発展と江戸文化爛熟期
となるだろう。

町人文化が盛んになってきた元禄期は初期に属し、文化・文政期は後期となる。又、幕府は出版取締令を度々出しており享保から始まり、寛政、天保へと続く三大改革では内容が段々厳しくなっていった。