BASHO
写真と文:上野信好


(文学としての「おくのほそ道」)─「おくのほそ道」は芭蕉によって創作され文学作品に高められた紀行文です。この旅で芭蕉は門弟の河合曾良を伴って江戸から小松までの道程をともにしています。曾良はこの旅で克明な記録「曾良随行日記」を残していますが、その日記と「おくのほそ道」とを読みくらべてみると随所に相異があることに気がつきます。それは芭蕉が「おくのほそ道」を執筆するに当り「曾良日記」を参考にしつゝも紀行文を旅の事実を越えた文学作品にまで高め創作したからにほかなりません。


この旅で芭蕉は、「旅と人生」「風土と文化」「歴史と現代」「伝統と創造」といった相対する課題を読者に投げかけています。その頃の芭蕉は面白味を標榜する談林俳諧から抜け出して、詩作を人生詩としてとらえる蕉風俳諧を次第に確立していった時期に当りますが、盛唐の大詩人杜甫から学んだ「わび」の詩境を深めつつ次第に「かるみ」のきざしを帯び始めて参ります。「かるみ」は「重み」に対する詩作の姿勢で自然の姿や物事を肩の力を抜いた自然体で素直に描字することを指します。こう言うとやさしいように感じますが実際の句作でこの心境になることは仲々容易ではありません。


人間は感情が先に立ちますので言うほど素直にはなりきれないからです。紀行文「おくのほそ道」が古今の文学の中で格別傑作とされるのは、すぐれた古典に共通する要素のすべてを内蔵しているからにほかなりません。その第一は文章の格調が高いこと、第二にすぐれた思想性を秘めていること、第三には叙情性がみづみづしいこと、そして言葉にしらべがあることです。すぐれた古典は声を出して読むとき判るのは文章が調べをもっているところです。「おくのほそ道」も例外ではありません。
 前口上が長くなりました。それでは「おくのほそ道」の旅をすゝめて参ります。


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