江戸のおもしろグッズ【11】江戸市松人形 菊池之夫氏を訪ねて
市松人形に思い出の着物を
 これまでの6回、気がつけば、どれも「使う」視点で書いてきました。で、今度は 角度を変え、「飾る」を考えたいと思います。伝統の工芸を作り続けている職人さん を訪ね、その心意気をうかがいながら、お江戸の美学をさぐります。そして、現代に お江戸をどう生かすか。自分流に遊んだり、ちょっぴり冒険も試みたい。
文・絵 三輪映子
イラスト
取材でスケッチさせていただいた市松人形
かわら版
菊池之夫さんの作品の数々

かわら版 市松人形を作っている菊地之夫さんの工房。通りに面した店舗に人形を並べ、奥の部屋ではお母さんが人形に着せる衣裳を縫い、二階の作業場では菊地さんが人形の顔や手足を作っている。「すみませんね、狭くって」。店舗以外の場所はどこもかしこも段ボール箱でいっぱい。伺ったのが1月の末なので、雛祭りをひかえて一番忙しいときらしかった。「市松人形」という呼び名は、江戸の元文・寛保の頃の歌舞伎役者、佐野川市松に似せて人形を作ったからという。佐野川市松は、若い女や若衆を演じた、今でいうアイドルだったらしい。「抱き人形ともいったんですよ」と菊地さん。手足の関節が動くように作られおり、着物を着せかえたり抱いたりして、遊ぶための人形。ではあるけれど、私の記憶では、立派な市松人形は雛祭りの日にさわらせてもらえる程度で、ふだんはガラス戸棚の中。日頃はセルロイドのキューピーさんで満足できた。子供心に、実用の人形とイメージを楽しむ人形とを使い分けていたらしい。この場合に大切なのは抱っこして遊べるという可能性であって、動かせないとわかっているほかの人形とは、愛着がちがった。市松人形の顔や手足は、桐のおがくずを糊でかためて形をつくり、胡粉で白く仕上げたもの。目はガラス、髪の毛は人毛。大量生産のものとのちがいは、細部の精巧さ。衣裳は古い着物から作っている。好きな着物を持ちこんで、人形を買って着せてもらうこともできる。親の形見の着物を、四体の人形に着せて分けあって持っている四人姉妹があるという。飾っておいて、心で抱きしめて。それが市松人形のよさなのだと思う。

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